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ガーデン・オブ・ザ・ゴッドよりパイクス・ピークを望む

コロラドスプリングスという町
東京新聞社 椎谷哲夫

    州都デンバーからハイウェイ25号線を一時間ほど南に下ると、ロッキーの山々を従えるように一段と高く聳える標高4300メートルの「パイクスピーク」が見えてくる。その麓の台地には、白樺に似たアスペンや松の木立に包まれた街並みが広がり、東部に向かって伸びる平原はどこまでも続く。コロラドスプリングス市。人口39万人。周辺の町や村を含めると53万人にのぼるこの町は、コロラド州で二番目に大きい。
    コロラド州には、温泉や鉱泉を意味する「スプリングス」が地名に付いた町が多い。スチームボート・スプリングス、グレンウッド・スプリングス、マニトウ・スプリングス、パゴサ・スプリングス・・・。コロラドスプリングス市もそうだ。
    南北戦争が終わってしばらく経った1871年、その南北戦争に勝利した北軍の騎兵隊のヒーローで、将軍の称号を持つウィリアム・パーマーが、この地にやってきた。デンバーから南に向かって鉄道を敷き、保養地として開拓しようというパーマー将軍は、ここを「コロラドスプリングス」と名付けた。本物の鉱泉は5マイルも離れたマニトウ・スプリングスにあるのだが、保養地にふさわしい地名として"借用"したということのようだ。
    同市は1890年代に入ってから、パイクスピークの裏手の町、クルプルクリークで金鉱が見つかってからは金鉱のオーナーたちが住む高級住宅地としても発展、一種の上流社会を築いた。イギリス系が多く、ロンドンの富豪たちまで保養にやってきたことから「リトル・ロンドン」とも呼ばれた。
    そうした百年を超すリゾート地としての歴史を持つコロラドスプリングス市だが、今は、空軍士官学校とオリンピック・トレーニングセンターを抜きには語れない。市内の北西に広がる1800エーカー(720ヘクタール)の空軍士官学校は1957年に創立、将校パイロットを目指す全米のエリート学生4200人(四学年)が学んでいる。一般の人が自由に車で出入りできることもあって観光名所の一つとなっている。見学者用に記念品の売店もあって、いかにもアメリカらしい。
      一見、近代的な美術館に見える教会には、プロテスタントとカトリックの大きな礼拝堂が別々にあり、さらにはユダヤ教徒と仏教徒のための部屋まで揃っている。毎年六月には、フットボールのスタジアムで卒業式があり、空軍の飛行チーム「サンダーバード」が上空に曲芸飛行して、式典に花を添える。

オリンピック・トレーニングセンター
オリンピック・トレーニングセンター     誰でも見学できるという点では、1978年に作られたオリンピック・トレーニングセンターも名所といって良いだろう。その中心は、米オリンピック委員会の本部だ。あのハーディング選手の処分に関するニュースもここから全世界に流れた。センターには、合宿所や訓練センター、メディカルセンターなどあらゆる施設が揃っており、オリンプック強化選手たちが、標高2千メートルの高地トレーニングを積んでいる。

                                                              空軍士官学校はツーリスト・スポットだ
空軍士官学校     この街のもう一つの特徴は空軍士官学校とは別に、数ヶ所に点在する軍事基地だ。市南部の陸軍フォートカーソン基地には2万2千人の軍人がおり、空軍のパターソン基地では1万人が軍務についている。さらに、この街には、一般の人とは縁遠いが米国・カナダの共同防衛組織である「ノーラッド(北米航空宇宙防衛軍)」や軍事衛星による監視や弾道ミサイル防衛計画作成を担う「米スペースコマンド」などの戦略基地が、ロッキーの山中に隠れるように置かれている。子供のころにテレビで見た宇宙戦争人形劇の「サンダーバード」は、きっと、ここがモデルなのだろう。

    これらの軍事施設に働く軍人は、空軍士官学校生も含めると4万数千人にのぼる。同市の給与生活者の約四分の一を超す計算だ。この町には、軍の退役者も多く住んでいる。元空軍士官学校教官で東京オリンピックの米代表柔道チームの一人だった日系人のポール・丸山氏は「一度ここで勤務した人が退役後に戻ってきて住むケースが多い。自然環境その他、これだけ居心地のいい所はなかなか無いですからね」と言う。  
    一般に、この街の人々は保守的で堅実に生きていると言えそうだ。人口39万の街に、420もの教会(その95%はプロテスタント)があるのもその表れだろう。日曜の朝には家族でミサに出かける姿があちこちで見られる。統計上のデータはないが、ほかの都市と比べると、いわゆる専業主婦が多いとも言われ、これも伝統的なキリスト教的な価値観と関係があるのかもしれない。  
    政治的にも、共和党が圧倒的に強い。過去の知事選挙の結果をみると、民主党の前知事の得票が5万票台だったのに対し、共和党の複数の候補の総得票は16万票台に達した。四期目の現市長のロバート・アイザック氏も共和党だ。  ちなみに、人種別には白人が72%であるのに対し、ヒスパニック系と黒人を合わせても20%に過ぎない。  周囲の町を含めたエルパソ郡全域をカバーする日刊紙「GAZETTE TELEGRAPH」は唯一の新聞で、芸術やビジネスニュースにも力を入れたユニークな紙面を作っている。デンバーを本拠地として全州で発行される大手二紙もここでは全く歯がたたない。テレビ局はネットワーク系列3局を含めて6局、ラジオはAMが6局、FMが13局もあり、音楽番組が中心だが日本の小都市では考えられない数だ。  
    市内には9校の4年制大学と4校の短大がある。主なところでは州立のコロラド大学コロラドスプリングス校に7400人、州立短大のパイクスピーク・コミュニティカレッジに8800人などで、学生数1900人の私立コロラドカレッジには全米から人文系を中心とした優秀な学生が集まっている。  
    ところで同市は都市の規模に比べて物価が安く、アメリカでも最も住みやすい町の一つと言われている。ある民間機関が実施した「生活費指数」調査によると、コロラドスプリングス市が94というのに対し、アリゾナ州フェニックス市が98.7、デンバー市が103、ワシントン州シアトルが117.7などとなっており、比較的生活コストが安いとされる都市の中でも、一段と低い数字が出ている。  

    そのコロラドスプリングスの人口は今も急激な勢いで増え続けている。1980年に21万5000人だった人口は、1980年代に31%、1990年から2000年の間には28%増加している。そのほとんどが地震や犯罪の多発に嫌気のさしたカリフォルニア州からの住民と見られている。  
    ロッキー山脈に沿って、デンバーから同市にかけての一帯は、ハイテク関連工場が多いことから「シリコンマウンテン」などと呼ばれるが、同市には年間20〜30社余も加州などから企業が移転してきており、従業員ごとそっくり移転してくるケースも見られる。

ザ・ブロードモア・ホテルは高級リゾートホテルとして知られる

    気になるのは犯罪だが、FBI発表のデータで見る限り、他の大都市よりはるかに安全な街といえそうだ。だが、人口増に応じて犯罪がじわじわと増える傾向にあり、少年による銃を使った犯罪などが増えている事もあって、将来を憂える住民も少なくない。  
    同市は山梨県富士吉田市と43年前から姉妹都市関係を結んでいる。富士山とパイクスピークが結んだ縁だ。このところ毎年、両市の中学生が相互に訪れてホームステイし、住民と交流している。民間レベルでの交流も盛んで、コロラドスプリングス市とその周辺に住むビジネスマン達が富士吉田市を訪れた。  
    この姉妹都市関係が縁となって、コロラドカレッジは1993年秋、学内に一般の住宅を転用して「ジャパンハウス」を設立。日本文化や日本語に関心を持つ在学生が共同生活しながら学ぶ施設で、二年目に入った今年は、日本の外務省からの留学生も加わって10人の男女学生が寄宿。運営には、富士吉田市の市民や企業から集められた750万円の寄付金が充てられている。  
    国際交流は、近年になって南コロラド日米協会のボール・丸山さんが中心となり日米の友好を進める「ジョン万次郎」ソサエティと連携して、一年おきに日本との相互訪問やホームスティを行い、数百人の規模の交流に育っている。  
    最後にもう一度、パイクスピークに触れたいと思う。1806年アメリカ陸軍中尉ゼビロン・パイクによって発見された海抜4千3百メートルのこの山は、街のシンボルともなっており、列車で頂上まで登ることができる。1890年に東部の実業家が莫大な費用を投じて建設した(当時は汽車)もので、一から観光目的で作られた。  
    ここには、マイカーでも登ることができる。中腹からは舗装されていないダートに変わり、右に左に急カーブしながら登坂していると、乾いた岩肌と青空が視界に迫り、まるでレースに参加したような気分になる。この同じ道路で毎年七月、パイクスピーク・オート・ヒルクライムレースが催され、日本車を含むレースカーが爆音を立てて一気に登っていく。頂上の360度のパノラマは、この世のものとは思えないほど素晴らしい。コロラドに来たら、ここから南西に一時間の渓谷「ロイヤルゴージ」と併せて絶対に見逃してはならないスポットとして挙げておきたい。

    当時、東京新聞記者の椎谷哲夫氏は1994年から1995年にかけて、ロータリー倶楽部奨学生としてコロラドスプリングスに在住していた。

 

      

 

 

 

 

 

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